月ノ美兎イメージソング「Moon!!」のオマージュ性をコード進行から見る。
恥ずかしながら筆者はアイドルマスターシリーズに精通していないので、わかる人からは当たり前のように思われることをさも新発見のように語る部分もあると思いますが、温かい目で見守ってください……
出会い。
今年の2月の中頃、それは私に大きな衝撃を持って迎えられた。
2次元で動く美少女。清楚な見た目から次々と繰り出されるサブカル発言。グダグダの実写Flashゲーム……
「……なんだこれ。」
困惑。しかし、あたかも私が歩んできたインターネットの歴史をともに振り返るような懐かしさとがそこにはあった。
そう。にじさんじ公式バーチャルライバーの月ノ美兎である。
彼女の人気が広まった頃の3月12日。ニコニコ動画にある一つの動画が投稿される。
私は委員長が歌う用のインストのリンクが動画説明文に貼ってあるのを見て「VTuberのファンとの交流の形」の可能性を感じて感心しつつ、動画を再生した。
……クオリティ高くね?
委員長の声素材を使って歌わせているその曲は、その歌詞は、想像を超えるクオリティだった。なにより「すごくそれっぽい」ところに興味がわいた。
ふつうクリエイターに「○○に似てる」とか「△△っぽいね」と言おうものなら5年間丑の刻参りで呪われ続けた上で無理心中させられる位の重罪になるのだが、この曲は「あえて似せてる」つまりオマージュ性がある。
本記事ではそんなこの曲のオマージュ性をコード進行の観点から見ていきたいと思う。
なお、この記事を作成するにあたり、作詞作曲のiruさんに楽譜と歌詞の掲載を許可していただきました。この場で感謝申し上げます。
そもそも何のオマージュなのか?
月ノ美兎(以下委員長)は放送の中でもたびたび「アイドルマスターシリーズ」について触れ、自らもファンだと公言している。
そういえば私はアイドルマスターシリーズについては中居正広がやっているCMとTwitterで競馬やめる!って言ってるキャラクターが本田未央だということ位しか知らないので、色々と調べてみた。
2015年放送のアニメ「アイドルマスター シンデレラガールズ」のウィキペディア記事を読んでいると
オープニングテーマ
- 「Star!!」(第2話 - 第6話、第8話 - 第12話・第14話[注 2])
- 作詞 - 森由里子 / 作曲・編曲 - 田中秀和 / 歌 - CINDERELLA PROJECT[メンバー 2]
- 1st SeasonのOPテーマ。
……
いやもうこれやん!
確定だ。ここまでわかりやすいとオマージュの良さを最大限に引き出している。(というか動画タイトルまでオマージュだったんかい!!)
ということで以降はこの曲を中心として比較していきたいと思う。
コード進行
Fullmoon ver.も投稿されたことだが、今回はラジオsize(?)までのメロディとコードを採譜した。
Fullmoon ver.ではオケも少し豪華になっているし、委員長の歌い方に寄っていたりしてよきよき。聴け(強制)。2サビ後のギターソロは「雲に流れて」だしこっちもオマージュたくさんなのでいつか余裕があれば解説したいなとおもいつつ。
そんでもって「Star!!」の方のコード進行なのだが、すでに詳しく分析・解説されてる方がいたのでそちらを参考にしていきたいと思う。なお、比較する曲のコードはMoon!!と同じ調になるように転調して用いることとする。
イントロ1(1~7小節目)
曲の冒頭、インストよりも先にボーカル(とグロッケンのユニゾン)で始まる形式はStar!!と全く同じだ。ちなみに楽譜で※で記した音は元動画と委員長の歌で音が違う(委員長はGで歌っている)。まあどちらでも不思議ではないだろう。
始め3小節間のコード進行 Fm7 | Fm7/B♭(IIm7 | IIm7/V)はアニソンやアイドルソングで非常に多用される進行で、Star!!では「今 未来だけ~」の箇所での Fm7 | A♭/B♭が同一の役割となっている。違いはFの音を含むかどうかの違いだけ。
この進行はいわゆるツーファイブ(IIm7→V7)の変形で、IIm7の響きを維持しつつかつVsus4に近い構成音になっている。減五度を含まないやさしく豊かな響きでツーファイブを実現でき、文脈的にも流れが生まれるので非常に扱いやすい進行といえる。
というかド頭のメロディが11thなのすこ。ここすこ。
4小節目と5小節目の怒濤のコード進行だが……
E♭→A♭M7→D♭M7→G♭M7→C♭(B)M7→Fm7/B♭
というコードを八分音符3つずつのリズムで遷移している。Star!!での該当箇所は
となっている。この箇所はMoon!!は完全五度下降を、Star!!は短三度上昇を繰り返し、ドミナントへ到達している(Star!!は転調後のダブルドミナント)。完全五度下降も短三度上昇もそれぞれ下属調、同主調という関係調での転調と同一のものと見なせて、流れのいい転調になる。
イントロ2(8~15小節目)
イントロ後半はストリングスによるサビのフレーズ。この箇所は
E♭/G→A♭→B♭→Cm7
を3回繰り返す。
ベース音がG→A♭→B♭→Cと順次進行する循環進行となっているが、Star!!には該当箇所はない……
ここを聴いていたときなぜかいきものがかりの「気まぐれロマンティック」が脳裏によぎったのだが、改めて聴くとそんなに似てなかった。
その後のD♭M7→Fm7/B♭だが、D♭M7はE♭Major(この曲の調)の平行調であるCminorのサブドミナントマイナーDm7-5の変化和音となり部分転調したものだといえる(ややこしい)。こういった部分転調によってドミナント感を出しつつ(D♭の音はIVへのセカンダリードミナントを彷彿とさせる)M7の豊かな和音を作り出す手法はアイドルソングでよく見られる。
Aメロ(16~31小節目)
「号令をかけたら~」からのコード進行は
E♭ | B♭/D | Cm7 | E♭7/B♭ | A♭M7 | E♭/G | Fm | A♭/B♭ B♭7
となっている。基本的にはカノン進行のベース順次進行となっている。すこ。
Star!!の該当箇所だが
E♭ | E♭aug | E♭6 | E♭7 Am7-5 | A♭ | E♭/G | G♭dim | Fm7 B♭7
となっている。こちらは前半はE♭の第五音を半音進行させたクリシェの一種になっている。ほんとすこ。
その形式は異なるが
- 4小節目にIVへのセカンダリードミナントが含まれていること
- 構成音を順次進行させるアプローチ
- 後半の構成音
等共通する点は多くある。それらが「明快でありながら豊かな響きをもつアイドルソングのコード進行」感を生み出している。
上がMoon!!の進行で下がStar!!の進行。流れや共通点が見やすいよう適当に展開してある。
後半は基本的に繰り返しになるが、後半の4小節間が以下のように変化する。
A♭M7 Am7-5 | Fm7/B♭ | E♭sus4 | E♭(7) E♭/G
前半2小節では基本的にはIV→Vという進行なのだが
A♭→A→B♭
という半音進行とFm7/B♭の豊かな響きで「アイドルソングっぽさ」を醸し出している。
そして後半はsus4から解決する形。和音としては現れないのだが、メロディにD♭の音があるので(7)と表記した。ここでStar!!のAメロラスト1小節のコード進行を参照したいのだが
E♭ E♭/D♭
となっている。この「/D♭」はその後短三度上に転調した先のIV(BM7)を予感させる動きになっている。この箇所はMoon!!では転調しないが同様にBメロのIV(A♭M7)を予感させる動きだといえる。
この動きによって性格の異なるBメロへのスムーズな導入を可能にしている。
Bメロ(32~41小節目)
はい。THE・PPPHゾーンです。ありがとうございます。
一応PPPHについて説明をすると、アイドルソングにおいてBメロの際に「パン、パパン、ヒュー!」というコールがよくいれられる為に、それっぽいBメロの事をPPPHと呼ぶことがある。ちなみにアイマス界隈では「ウォー、ハイ!」らしい……
つまりもうこれだけで「アイドルソングっぽさ」がムンムンになっている。
さて、コード進行だが、まずは前半4小節のコード進行は
A♭M7 | B♭7 | Gm7 | C7
……
いや、まんま王道進行やんけ!!(歓喜)(すこすこのすこ)
しかもVI7パターンですよ奥さん!!!そういうとこだぞ!ほんとすこすこのすこだぞ!!
王道進行とは・・・J-POPにおいてヒットソングによく用いられるコード進行。IV→V7→IIIm7→VImという形(あるいはその変形)で、よくサビやBメロで用いられる。
PPPH×王道進行のBメロ……まさに日本人の心。そしてちょっとお手軽。まるでたまごかげご飯のよう。
Star!!のBメロ始め4小節のコード進行も
A♭M7 | B♭ B♭/A♭ | Gm7 | C7(-9)
となっていて、こっちも王道進行の変形である(流れが良く最後がよりエモい)。
ここのオケのフルートもオマージュしている感が絶妙でよい。
後半6小節は
Fm7 | E♭/G | A♭M7 | Am7-5 | B♭sus4 | B♭
となっている。ベース音が見事に順次上昇している。
ちなみにここでも※で示したところは委員長と元動画で音が違う(委員長がF)。
ここの部分Star!!では大分ダイナミックな事をしている。それについては先述の解説ページを各自参照されたい。
サビ(42~58小節目)
サビ始め4小節間のコード進行は以下のようになっている。
E♭ | Dm7-5 G7 | Cm7 | B♭m7 E♭7
一方Star!!は
E♭ | Dm7 G7 | Cm7 | B♭m7 E♭aug
ほぼいっしょやん。
というのもこの進行はカノン進行をツーファイブ化した進行になっていて、アニソンやアイドルソングで非常に多用されるコード進行になっているのだ。もう一つの王道進行といえよう。
Star!!はDm7-5でなくDm7であったり、最後がaugコードになっていたりと少しいじっているが、Moon!!はまさに完全な王道進行になっていてまさにアイドルソング感が現れている。
ところでここの箇所では
「ここシリウス」
というコメントが流れる。
シリウスは2013年10月より放送されたアニメ「キルラキル」の1クール目のOP。歌は藍井エイルさん。
たしかにサビの最初のメロディが一緒だ。だがそういうの言うのは丑の刻参り案件だゾ。
ちなみにシリウスのサビ最初のコード進行(E♭Majorに転調)は
E♭ | Dm7-5 G7 | Cm7 | B♭m7 E♭7
……
あ、はい、全く同じですね。
こればっかりは先述したように王道進行であるから、別の曲で全く同じコード進行になることも避けがたい状況にありしかたない。コード進行が同じならメロディも似通うのもしかたない。
サビ5小節目からは
A♭M7 | E♭/G | Fm E♭/G | A♭M7 B♭
となっていて、ベース音が順次下降して上昇するきれいな形である。
iruさんベース順次進行させるのじょうず。すこ。
サビ9小節目からは、前半とはコード進行が異なっていて
Cm7 | C♭aug | E♭/B♭ | F9/A
と進行する。
キタキタキタキタ!!下降系のクリシェ!!
といった感じでテンション爆アゲになるコード進行だ。
というのもこの箇所はE♭、Gの音を固定し、ベース音を半音で下降させているクリシェの形になっている。Star!!のAメロ前半がベース音を固定し第五音を半音で上昇させたクリシェに通ずるものがある。
augコードは使いどころがなかなか難しいのだが、うまく使われているところは例外なくエモい。えもいもい。やっぱ、そのaugコードをうまく引き出せるこの形のクリシェの、最高やな。
また、Star!!のサビの「星になれるよ」の所のコード進行も
Cm C♭aug | E♭/B♭ Am7-5
となっていて、最後のコードにFが抜けている以外は同様のコード進行になっている。こっちは二拍ずつの進行で、またわりかしあっさりとこなしているのでもしiruさんが意識してこのコード進行を取り出し、サビの後半の進行として4小節に拡張して用いたのだとしたらかなりのやり手だといえよう。
「目指すは~」からの4小節間のコード進行は
A♭M7 | Gm7-5 C7 | Fm7 | Fm7/B♭
となっている。
前半3小節はIV→IIIm7-5→VI7→IImとなっていて、IIIm7-5はIImのダブルドミナントの役割をしている。進行としてはサビ頭にでてきたB♭m7 E♭7に近く、よりノンダイアトニックコード感が強いのでとてもエモくなっている。
委員長の歌い方もとてもエモい。すこ。
Star!!はここの箇所は王道進行になっているが、二小節目の二つ目のコードがC7となっているところに共通点がある。
後半2小節は冒頭と同じ。
アウトロ(59~67小節目)
ここはイントロと同じ。最後に主和音のadd9(もしかしたら鳴ってないかもしれない。なんか鳴っててもおかしくないと思って書いたが、あまり聞こえなかった。)で幕を閉じる。
まとめ
月ノ美兎イメージソング「Moon!!」をアイドルマスターシンデレラガールズ1期OP「Star!!」を中心として比較し、そのオマージュ性について考察した。
今回はコード進行について触れたが、それ以外にも編曲、構成、歌詞などからもオマージュを感じ、非常に愛を感じる。
しかし、すべてを模倣したわけでなくその上でのオリジナリティや、作曲家の個性も多くあった。特に、順次進行の妙は特筆すべき点だろう。
iruさんはMoon!!のほかにもにじさんじイメージソングを複数作曲しているので、是非ご視聴いただきたい。
ところで、iruさんはこの曲作る前はどういう活動してたのだろう……(投稿動画ポチッ)
えぇ……(困惑)